シリーズ「病気」

シリーズ病気 No.76 肝がんについて

内科部長  窪田 剛 (くぼた つよし)

つい先日、俳優の緒方拳さんが肝細胞がん(以後、「肝がん」と略します)で亡くなられ、驚かれた方も多かったかと思います。
年齢別にみた肝がんの罹患率は、男性では45歳から増加し始め、70歳代に横ばいとなり、女性では55歳から増加し始めます。年齢別にみた死亡率も同様な傾向にあります。罹患率・死亡率は男性のほうが高く、女性の約3倍です。肝がん罹患率・死亡率の年次推移を見ると、男女とも1935年前後に生まれた人で高くなっています。これは、1935年前後に生まれた人が、日本における肝がんの主要因であるC型肝炎ウイルスの抗体陽性者の割合が高いことと関連しています。時々有名人の方が肝がんで亡くなられるので、罹患率・死亡率が増えているような印象を持ちますが、日本国内の罹患率・死亡率はともに最近減少傾向にあります。 

  • 肝がんと肝炎
ウイルス肝がんの発症原因として、最も重要なのは、肝炎ウイルスの持続感染です。ウイルスの持続感染によって、肝細胞で長期にわたって炎症と再生がくり返されるうちに、遺伝子の突然変異が積み重なり、がんへの進展に重要な役割を果たしていると考えられています。肝がんと関係があるのは主にB型肝炎ウイルス(以後、HBV)、C型肝炎ウイルス(以後、HCV)の2種類のウイルスです。日本では、肝がんの80%がHCV、15%がHBVの持続感染に起因すると試算されています。したがって、HBV・HCVに感染した人は、肝がんになりやすい「肝がんの高危険群」と言われています。
高危険群の人には肝がんを発生させないような予防が必要ですが、現段階では肝炎ウイルスの排除しかありません。HCVに対する治療としてインターフェロン(+リバビリン)、HBVに関しては、内服の抗ウイルス薬(エンテカビルなど)です。
  • 肝がんの症状

肝がんに特有の症状は少なく、肝炎・肝硬変などによる肝臓の障害としての症状が主なものです。わが国の肝がんは、肝炎ウイルスの感染にはじまることが大部分であり、肝炎・肝硬変と同時に存在することが普通です。肝炎・肝硬変の症状といえば、食欲不振、全身倦怠感、腹部膨満感、便秘・下痢など便通異常、尿の濃染、黄疸、吐下血、突然の腹痛、貧血症状(めまい・冷や汗・脱力感・頻脈など)が挙げられます。肝がんの症状といえば、肝臓の部位に「しこり」や痛みを感ずることです。また、突然の腹痛、貧血症状は、肝がんが破裂・出血したときに認められる症状です。しかし、これらの症状が出現した場合は、肝がんがかなり進行した段階といわざるを得ません。

  • 肝がんの診断

肝がんの診断は、血液検査と画像診断法により行われます。どちらか一方だけでは不十分です。また、血液検査や画像診断法を駆使しても「肝がん」と診断がつけられないこともあり、その場合は針生検といって、肝臓の腫瘍部分に針を刺して少量の組織片をとり、顕微鏡で調べることも行われます。

  1. 画像診断   肝がんの診断に重要な検査は、超音波検査とCTです。 超音波検査は腫瘍と血管の位置がよくわかります。ただ、患者さんの状態や部位によっては見えにくい場合があります。CTでは肝がんは血管の豊富な腫瘍で、造影剤という薬を静脈から急速に注射して、早いタイミングで撮影すると肝がんがよく描出されます。造影剤を注射する前や注射後少し時間をおいてからも撮影して正確な診断に役立てています。MRI検査は、典型的な肝がんでない場合に役立つことがあります。
  2. 腫瘍マーカー  肝がんの腫瘍マーカーとしては、AFP(アルファ型胎児性タンパク)やPIVKA IIなどが用いられます。肝がん以外の肝炎・肝硬変だけでも陽性のことがあり、全面的に信頼できるわけではありません。したがって、腫瘍マーカーの検査だけでは不十分で、どうしても画像診断を同時に行わなければなりません。
    ただし、高危険群ではない人については、肝がんになる確率は極めて低く、肝がんを意識した定期検診は通常行いません。 

  • 肝がんの治療

外科療法、穿刺療法(ここでは経皮的エタノール注入療法、ラジオ波焼灼療法など、身体の外から針を刺して行う治療を一括して穿刺療法としてまとめます)、肝動脈塞栓術の3療法が中心です。これらの3療法は、それぞれ長所・短所があり、一概に優劣をつけることはできません。がんの進み具合、肝機能の状況などの条件を十分考慮したうえで選択されます。

1)外科療法
     ●肝切除

肝切除は、がんを含めて肝臓の一部を切除する治療法で、最も確実な治療法のひとつです。
     ●肝移植
日本では、脳死肝移植は法的には認められていますが、提供者の不足などの問題によって、実際にはほとんど行われていません。その代わり、主に近親者から肝臓の一部を提供してもらい、肝臓を移植する生体肝移植が大学病院を中心に行われています。
2)穿刺療法
     ● 経皮的エタノール注入療法
経皮的エタノール注入療法とは、無水エタノール、すなわち純アルコールを肝がんの部分へ注射して、アルコールの化学作用によりがん組織を死滅させる治療法です。超音波検査でがんの正確な場所にねらいをつけて針を刺し、エタノールを注入します。したがって、超音波でよく見えない場合は、エタノールの注入が安全かつ十分にできないこともあります。一般にがんの大きさは3cmより小さく、がんの個数は3個以下がこの治療の対象とされています。がんの大きさ・数などの制限があることやがんの一部が残ってしまう危険性があるという欠点はありますが、比較的手軽に行うことができ、身体に与える副作用が少なく、短期間で社会復帰できるという利点があります。
     ●ラジオ波焼灼療法
特殊な針を体外から肝がんへ挿し込み、通電することにでその針の先端部分から熱が発生し、がんを焼灼する治療法です。通常は、超音波をガイドに行いますが、CTや腹腔鏡などを用いて行うこともあります。これらの治療法もエタノール注入療法と同様の小型肝がんが対象となります。しかし、ラジオ波焼灼療法は、エタノール注入療法に比べて、少ない治療回数で優れた治療効果が得られることより、最近ではラジオ波焼灼療法が主流となっています。
3)肝動脈塞栓術
肝動脈塞栓術とは、がんに酸素を供給している血管を人工的にふさぎ、がんを兵糧攻めにする治療法です。大腿部(ふともも)のつけ根の部分にある大腿動脈からカテーテルを挿し込み、先端を肝動脈へ進めます。このカテーテルを通じて、1mm角大に細かくしたゼラチン・スポンジなどを注入し、肝動脈を詰まらせて、がんに供給する血流を遮断し、がんを死滅させます。通常、治療効果を高めるために、抗がん剤と肝がんに取り込まれやすいリピオドールという造影剤を懸濁して、ゼラチン・スポンジを注入する前に投与します。この治療法は、がんが肝臓の内部にとどまっている限りは、解剖学的条件による制限をあまり受けません。また、肝機能の制限も比較的緩く、黄疸・腹水などがなければ施行可能です。1回の治療に要する入院期間は1週間程度と短く、副作用としては腹痛・吐き気・食欲不振・発熱などがありますが、通常は2、3日でおさまります。退院後は1~2週間ほどで社会復帰が可能です。このように、肝動脈塞栓術は他の治療法に比べ治療対象の制限が少ないため多くの患者さんに対して行われています。ただし、完全に治ってしまう確率はあまり高くありませんので、繰り返し行ってがんを抑え込んでいくというかたちになります。
4)その他の治療
放射線療法は、骨に転移した時などに疼痛緩和を目的として行われることがあります。また、最近では陽子線、重粒子線などの放射線治療が、肝がんの治療に適応されることもあります。化学療法は、肝切除や穿刺療法、肝動脈塞栓術などの治療で効果が得られない場合などに行われることがありますが、治療効果があまり高くないのが現状です。
▲ ページの先頭へ戻る